100億企業化
【100億宣言】23年の停滞を破るサーラ物流の挑戦。生え抜き社長が描く「次の100億」への変革図
2026.04.29
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東海地方を拠点に、エネルギー輸送から一般貨物、倉庫事業まで幅広く展開するサーラ物流株式会社。サーラグループの一員として、長年グループ内のエネルギー輸送を担う機能会社としての役割を全うしてきた。しかし、23年前のグループ組織再編により物流事業に特化した会社分割を機に、「外部の売上を自ら稼ぎ出す」という大きな転換を迫られる。
23年間、50億円規模で推移してきた売上を、100億円へと引き上げる──。この「100億宣言」は、単なる数値目標ではない。生え抜きとして初めて社長に就任した宮澤社長が、旧来の“ぬるま湯体質”を全否定し、会社を根底から変えるために打ち出した覚悟の表明である。これは、過去との決別と、未来への強い意志を社内外に示す、壮大な変革の物語の序章である。
- 企業情報
- 会社名
- サーラ物流株式会社
- 設立
- 2003年12月
- 従業員数
- 600名
- 事業内容
- エネルギー輸送、一般貨物輸送、倉庫、機密文書出張細断、除菌消臭剤、産業廃棄物処理など
- 100億宣言
- https://growth-100-oku.smrj.go.jp/companies/pdf/01579-00.pdf
目次
「外貨を稼げ」―機能会社からの脱却指令
サーラ物流の源流は、1962年(昭和37年)にさかのぼる。サーラグループが東海エリアで展開するエネルギー事業、その根幹であるプロパンガスや都市ガス原料を安定的かつ安全に輸送するため、グループの物流機能会社として設立されたのが始まりである。設立当初は、グループのインフラを支えるという重要な使命を担い、その役割に特化していたが、ほどなく一般貨物事業や自動車販売業へも進出した。
しかし、設立から約41年が経過した23年前、同社は歴史的な転換点を迎える。今後の人口減少局面を迎える中でオール電化の普及なども重なり、主力であったガス市場の将来的な縮小が見込まれる中、グループ経営陣から「グループ外の顧客を開拓し、自社の力で利益を生み出す体制を構築せよ」という方針が示され、事業強化のための会社分割により現在のサーラ物流が発足された。

それまでの同社は、売上の約7割をグループ内エネルギー輸送が占め、そこで得た利益で、赤字であった一般貨物事業の損失を補填するという構造が常態化していた。親会社からの安定的な発注とコスト補填に支えられた経営から、自らの足で立ち、厳しい市場競争の中で勝ち抜いていくことへの、全面的な舵切りが求められた瞬間であった。これは、守られた環境からの脱却であり、真の独立企業としての存亡をかけた挑戦の始まりを意味していた。
23年間続いた「50億の壁」と旧来の経営体制
23年前に下された「外貨を稼ぐ」という指令。しかし、その後の道のりは決して平坦ではなかった。当時の一般貨物事業は、長年にわたり赤字体質から抜け出せずにいた。さらに根深い問題は、組織の内部にあった。
その背景には、独特の経営体制があった。グループの機能会社という位置づけから、親会社から社長が派遣され、数年の任期で交代していくことが通例となっていた。そのため、長期的な視点での事業改革や、痛みを伴う体質改善には着手しづらい環境があった。エネルギー輸送という安定した収益源があったため、会社としては存続できてしまう。その結果、変化を求めず、競争に身を晒す必要のない体質となっていたのだ。宮澤社長は就任前、この23年間続いた体制を打破することで、未来を作れると変革を決意した。その想いは、内部で静かに、しかし確実に醸成されていった。
現場を知る「生え抜き社長」の孤独な戦い
この停滞した空気を打ち破るべく白羽の矢が立ったのが、現社長の宮澤氏である。グループ一括採用で入社後、現在のサーラ物流へ配属。最初の10年間は、ドライバー業務も含め、徹底的に輸送の現場を経験した。その後、本社の管理部門を経て、45歳で取締役となり、長年の課題であった一般貨物事業の再建を託される。彼は、同社で初となる「生え抜き」の社長であった。
宮澤氏がまず着手したのは、赤字の“出血”を止めるための「見える化」だった。エネルギー輸送事業で培った部門や顧客ごとの採算管理や数値化の手法を、一般貨物事業に導入。どこで、なぜ、どれだけの損失が出ているのか。それまで誰も正確に把握していなかった赤字の源泉を、データに基づいて徹底的に洗い出した。しかし、長年の慣習を変えることは容易ではない。現場からは反発も生まれた。「やったことのない人間にいきなり言われてもわからない」。
そんな声が上がる中、宮澤氏は諦めなかった。現場経験に裏打ちされた知見と、データという客観的な事実を武器に、粘り強く改革を進めていったのである。これは、過去のやり方と決別し、新しい経営の仕組みを組織に根付かせるための、孤独だが不可欠な戦いであった。

品質と対話で築いた「がっちり離さない」顧客基盤
赤字体質の原因を特定した後、宮澤氏が次に取り組んだのは、顧客との関係再構築と、他社が追随できない品質の確立であった。自らが常務取締役に就任してからは、主要顧客の社長や役員のもとへ足を運び、直接対話する機会を設けた。「何か足りていないことはないか」。トップ自らが膝を突き合わせて課題を聞き、改善を約束する。この地道な活動を通じて、顧客との間に強固な信頼関係を築き上げていった。
同時に、同社が提供するサービスの品質も、市場で高く評価されるようになる。ある時、外部コンサルタントが実施した顧客調査で、「依頼した仕事を100%やりきってくれる」「他社に比べて圧倒的に事故が少ない」という声が寄せられていることが判明した。宮澤氏自身、その時初めて自社の強みを客観的に認識したという。価格競争が激しい物流業界において、この「安全・確実」という品質は、何物にも代えがたい競争優位性となった。新規で取引が始まった顧客も、その品質の高さを理由に離れることはない。「一度掴んだ顧客は、がっちりと離さない」。宮澤氏が築き上げたこの強固な顧客基盤が、一般貨物事業をV字回復させ、会社の成長を牽引する原動力となっていった。

「100億宣言」―社内を揺さぶる変革の号砲
長年の改革が実を結び、一般貨物事業は黒字化を達成。会社全体の売上も、2025年11月期決算で67億円にまで成長した。しかし、宮澤社長はここで満足することはなかった。彼が次に打ち出したのが、社内外に大きなインパクトを与えた「100億宣言」である。
この宣言の真意は、補助金や外部へのアピールが主目的ではない。最大の狙いは、23年間組織に染み付いた「万年50億円企業」という自己認識と、それに伴う“ぬるま湯体質”を完全に破壊することにあった。「今までと同じやり方であれば同じ結果しか出てこない。全く頭を切り替えなさい」。これは、現状維持を許さないという、社長の決意表明に他ならない。さらに、この目標は、宮澤社長自身が退任した後も残る、次世代経営陣への重いバトンでもある。「私がいなくなっても、100億宣言しグループにもコミットした以上、ナンバーツー、ナンバースリーはやり遂げなければならない」。10年後に100億円を達成するという公約は、経営幹部に対し、自らが会社を牽引するのだという覚悟を促す、強烈なメッセージとなった。これは、過去との決別を社内にはっきりと示す、変革の号砲であった。
新たな成長エンジン―物流センター運営とバイオマス輸送
「100億宣言」を掲げた同社の成長は、ここからさらに加速する。特に直近1年間での約10億円という急成長を牽引したのは、二つの大規模な新規事業であった。
一つは、動物用医薬品卸売販売業の物流改革プロジェクトである。同社は、営業担当者が在庫を抱えながら納品するという旧来のスタイルからの脱却を目指していた。サーラ物流は、1年にわたる物流コンサルティングを通じて課題を分析し、在庫集約が可能な物流センターからの宅配便配送への切り替えを提案。最終的にコンペを勝ち抜き、愛知県と茨城県の2拠点に新設された大型物流センターの運営を全面的に受託した。

もう一つは、愛知県田原市で稼働したバイオマス発電所に関連する大型案件である。海外から船で輸送されてくる発電用燃料(ホワイトペレット)を、港から発電所まで輸送するだけでなく、発電所構内でのコンテナ在庫を管理するという、高度なオペレーションが求められる業務をコンペで獲得。2年間の準備期間を経て、これも1年前に本格稼働を開始した。長年トラック輸送で培ってきたノウハウを軸としながらも、倉庫運営や高度な在庫管理といった新しい領域へ果敢に挑戦し、着実に成果を出す。この積極的な事業展開が、100億円への道を力強く切り拓いている。
輸送の枠を超えて―アドブルー製造と機密文書処理という未来
サーラ物流の視線は、単なる輸送・倉庫事業の拡大だけには留まらない。既存の事業領域を少し広げ、新たな収益の柱を育てるための布石も着々と打っている。
その一つが、ディーゼルトラックに不可欠な尿素水「アドブルー」の製造・販売事業である。これまで外部から購入していたものを自社で製造し、自社車両に供給するだけでなく、地域の同業者にも安価で販売することを目指す。これは、コスト削減と新たな収益源の確保に加え、デリバリーでは既存の配送網を利用し、尚且つ危険物取扱者の資格が不要であることから、採用面でのハードルを下げるという戦略的な意味合いも持つ。

もう一つが、約20年前から手掛けてきた「機密文書の出張裁断サービス」の進化だ。顧客の目の前で裁断することで高いセキュリティを担保するこのサービスを、倉庫事業と連携させる。法定保存期間が定められた帳票類などを一定期間預かり、期間満了後に裁断処理までを一貫して請け負う。輸送というコア事業から派生したニッチなサービスを、より付加価値の高いビジネスモデルへと昇華させようとしている。これらの取り組みは、同社が単なる「運送会社」ではなく、顧客の多様なニーズに応える「総合物流ソリューション企業」へと進化していく姿を明確に示している。
100億企業への最後の関門―経営管理体制の再構築
売上100億円という目標は、従業員規模が現在の約600人から1,000人体制へと拡大することを意味する。その時、現在の管理体制のままでは、組織が機能不全に陥ることは火を見るより明らかだ。「会社の中がぐちゃぐちゃになってしまう」。宮澤社長は、そこに強い危機感を抱いている。
売上規模が拡大しても、利益率が伴わなければ意味がない。そのためには、管理部門の強化、すなわち「経営管理の高度化」が不可欠である。ドライバーの採用・定着率向上といった人事戦略、勤怠管理や配車システムなどを連携させるIT基盤の刷新、そして、それらを担う本社の組織力強化。これらは、100億円企業という次のステージへ進むための、避けては通れない関門だ。
親会社が上場しているため、連結子会社として最低限のガバナンス体制は整っている。しかし、1,000人規模の組織を効率的に運営し、高い生産性を維持するためには、より高度な内部統制と、それを支える仕組みの再構築が急務となる。事業の成長というアクセルを踏み込みながら、同時に管理体制というブレーキとハンドルを強化していく。この両立こそが、100億円への最後のピースであり、同社が今まさに挑んでいる最大の課題である。

まとめ
親会社に依存する機能会社から、自らの力で市場を切り拓く独立企業へ。サーラ物流は、23年続いた停滞を打ち破り、今、まさに第二の創業期ともいえる変革の只中にある。その原動力は、現場を知り、旧弊を打破する覚悟を持った生え抜きのリーダーシップと、それに呼応し、品質で顧客の信頼を勝ち取ってきた従業員たちの実直な仕事ぶりにある。「100億宣言」という旗印のもと、同社はこれからも輸送の枠を超えた新たな価値を創造し、東海エリアを代表する総合物流企業として、さらなる高みを目指していく。
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