100億企業化
【100億宣言】製造現場から叩き上げの8代目社長が挑む、協和薬品工業の「脱・既存路線」経営
2026.04.28
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創業64年の歴史を持つ協和薬品工業株式会社。同社は医薬品・医薬部外品のPB(プライベートブランド)メーカーとして、大手ドラッグストアチェーンを支えてきた。しかし、市場環境の変化と社内の停滞感という壁に直面。この状況を打破すべく、製造現場一筋だった小椋新社長が年功序列の慣習を破り、8代目として就任した。
これは、同社が「誰でも社長になれる」という稀有な文化を持つからこそ実現した変革である。本記事では、既存のビジネスモデルからの脱却を図り、OEM事業の確立と新規販路開拓という三本の矢で100億円企業化を目指す、同社の新たな挑戦を紐解く。
- 企業情報
- 会社名
- 協和薬品工業株式会社
- 設立
- 1962年3月
- 従業員数
- 47人(パート含む) ※2025年3月時点
- 事業内容
- OTC医薬品・医薬部外品の製造販売、OEM受託
- 100億宣言
- https://growth-100-oku.smrj.go.jp/companies/pdf/00098-00.pdf

目次
創業家から従業員へ。バトンで繋がれた「誰でも社長になれる会社」のDNA
協和薬品工業は、64年前、ある製薬メーカーから独立した創業者によって設立された。創業当初は、個人経営の薬局などを中心に医薬品や栄養ドリンクの製造販売を手掛け、着実に事業基盤を固めていった。しかし、その歴史は順風満帆なだけではなかった。創業者が亡くなった後、事業を継承した一人娘の2代目社長が、就任からわずか数年で病により若くしてこの世を去ってしまう。
この出来事を境に、同社の経営は創業家一族の手を離れ、従業員がそのバトンを引き継ぐという大きな転換点を迎えた。3代目以降、社長の座は社内で功績を上げた人物が引き継ぐ体制へと移行。それは「誰でも社長になり得る」という、他に類を見ない企業文化の礎となった。7代目までは年功序列で社長が選ばれる慣習が続いていたが、このDNAがあったからこそ、後に8代目となる小椋氏が、製造現場からの叩き上げとして経営のトップに立つ道が拓かれることになる。創業家の血筋ではなく、全従業員に経営者への道が開かれているという事実は、協和薬品工業の歴史を貫く、ユニークで強固な精神的支柱なのである。
「後輩に道を譲る」ための直談判。工場長から企画開発へ、異例のキャリアチェンジ
現社長の小椋氏は、高校卒業後に協和薬品工業へ入社し、以来30年近くを製造現場一筋で過ごしてきた。黙々と業務に打ち込む日々の中で、生産ラインの隅々まで知り尽くすプロフェッショナルへと成長したが、45歳を過ぎた頃、自身のキャリアと会社の未来に、ある種の閉塞感を抱き始める。「自分が工場長としてこのまま居座り続ければ、能力ある後輩たちの昇進の機会を奪ってしまう」。そう考えた小椋氏、自らが動くことで組織の新陳代謝を促す必要があると決意した。
当時の社長(現会長)へ「企画開発の仕事をやらせてほしい」と直談判。それは、製造とは全く異なる営業サイドの仕事であり、異例のキャリアチェンジの申し出だった。当時、企画開発部は会長がたった一人で営業と兼務している状態。その属人的な体制に風穴を開け、会社の新たな可能性を模索したいという強い意志の表れでもあった。この行動は、単なる個人のキャリアアップのためではない。自身が“ボトルネック”になることを避け、後進に道を譲ることで会社全体の成長を促すという、極めて利他的な動機から生まれたものだ。この大きな決断が、後に社長として会社全体を俯瞰し、大胆な改革を断行する礎を築くことになる。

大手2社依存からの脱却。売上26億円へ、取引先拡大がもたらした成長
2000年代初頭、協和薬品工業は大きな成長機会を掴む。それまでの個人薬局中心の取引から、急速に勢力を拡大していた大手ドラッグストアチェーンとのPB商品開発へと事業の舵を切ったのだ。特に、大手2社との強固な関係を築き、その店舗網の拡大と共に同社の売上も15億円から20億円規模へと成長を遂げた。当時は生産が追いつかず、工場は月100時間もの残業が常態化するほどの活況を呈していた。
しかし、この成長モデルは永遠ではなかった。取引先であるドラッグストアの規模が巨大化するにつれ、かつてのような手厚い販促協力は得られにくくなり、一店舗あたりの売上は減少傾向に転じた。大手2社への依存度の高さが、逆に経営の不安定要因となり始めたのだ。「このままでは未来はない」。危機感を抱いた経営陣、および当時すでに経営の中枢にいた小椋氏は、取引先の多角化へと大きく戦略を転換する。ここ2〜3年で、業界トップ10に入る他の大手ドラッグストアへのアプローチをアグレッシブに実行。その結果、取引先は2社から8社へと拡大し、20億円前後で停滞していた売上は、昨期26億円を突破するV字回復を成し遂げた。これは、過去の成功体験に安住せず、勇気を持って変化を選んだ結果であった。
「緊急ではないが重要なこと」への集中。社長就任後に断行した組織改革
小椋氏が社長に就任して最初に取り組んだ大きな課題の一つが、組織構造の抜本的な見直しであった。かつては営業、製造、品質管理、商品管理、企画開発など6つの部署が乱立し、縦割りの弊害が深刻化していた。各部署の従業員は真面目に自分の職務をこなすものの、部門間の連携は乏しく、いわゆる「セクショナリズム」が蔓延。会社全体としてのパフォーマンスを阻害する要因となっていた。
「もっと横串的な“協業”を増やさなければ、一体感は生まれない」。そう考えた小椋氏は、就任後すぐに6つあった部署を「営業」「品質管理」「製造」の3つに大胆に集約。これにより、これまで接点のなかった従業員同士が否応なく連携せざるを得ない状況を作り出し、組織の壁を取り払うことを狙った。この改革の根底にあるのは、小椋氏が常に意識している「緊急ではないが、重要なことに時間を使う」という経営哲学だ。目先の業務に追われるのではなく、会社の未来を創るための組織風土の醸成や、円滑なコミュニケーションラインの構築にこそ、経営者としてのエネルギーを注ぐべきだと考えている。この組織改革は、同社が次の成長ステージへ向かうための重要な布石となっている。
年功序列の廃止と若手の台頭。ベテランの「再生」が次の成長への鍵
長年にわたり、同社には3代目から7代目まで、年功序列によって社長が選ばれてきた歴史がある。この安定と引き換えに、組織からは挑戦の気風が失われつつあった。小椋氏自身、序列を飛び越えて社長に就任した背景には、この旧弊を打破したいという強い思いがあった。「年功序列の廃止」を公言し、若手や中堅社員が実力で評価され、挑戦できる環境づくりを推進。その結果、若手社員の間では「頑張れば報われる」という前向きな雰囲気が醸成され、会社全体に活気が戻りつつある。

しかし、その一方で新たな課題も生まれている。それは、これまで各々が培ってきた豊富な経験や専門技術を、いかにして次世代へ継承し、組織全体の力として結集させていくかという点だ。個々の業務遂行能力は高くとも、その卓越したノウハウをチームの力に変え、全員で会社の成長を牽引していくためには、新たな動機付けや役割の再定義が不可欠となる。彼らは専門的な技術を持ち、真面目に業務をこなす一方で、後進の指導や部署を牽引するリーダーシップの発揮には課題を抱えている。この「職人肌」のベテランたちが持つ暗黙知を、いかにして組織の財産として形式知化し、彼らに新たなミッションを与えて「再生」させるか。この組織人事の課題こそ、協和薬品工業が持続的な成長を遂げるための、避けては通れない重要なテーマなのである。
生産能力2倍へ。OEM事業本格化に向けた、未来への大型設備投資
協和薬品工業の次なる成長戦略の柱、それはOEM(相手先ブランド製造)事業の本格的な立ち上げだ。これまで同社の売上は、ほぼ100%がドラッグストア向けのPB商品で占められており、OEMの実績は皆無に等しかった。しかし、PB市場の競争激化と収益性の課題に直面する中で、新たな収益源の確保は喫緊の課題となっている。特に、利益率の高いドリンク剤の製造ノウハウは同社の大きな強みであり、これをOEM事業に活かすことで、大きな成長ポテンシャルが見込める。

この戦略を実現するため、同社は現在、未来に向けた大胆な投資を実行している。製造ラインを3ヶ月にわたって停止させ、大規模な設備更新工事に着手。これにより、生産キャパシティは従来の約2倍に増強される。さらに、これまで製造できなかった50mlのミニドリンク剤にも対応可能な新ラインを導入。これにより、多様な顧客ニーズに応える体制が整う。この大型投資は、第一次公募で応募した「中堅企業等向け大規模成長投資補助金」の採択を待たずして、自己資金で断行された。これは、OEM事業の成功に賭ける小椋社長の強い覚悟と、会社の未来を切り拓くという固い決意の表れに他ならない。新ラインが本格稼働する時、協和薬品工業の新たな歴史の幕が開く。
「三本の矢」で100億円を目指す。販路拡大と開発スピードアップという挑戦
OEM事業の確立と並行して、協和薬品工業は「販路拡大」と「商品開発」という二つの矢を放ち、100億円企業への道を切り拓こうとしている。これまでのドラッグストア中心のビジネスモデルから脱却し、新たな市場を開拓することが成長の鍵を握る。
第一の矢は「販路拡大」。医薬品製造販売業の許可を活かし、スーパーマーケットやコンビニエンスストアといった、これまで未開拓だったチャネルへの展開を本格化させる。これらの市場では、医薬品よりも規制が緩やかな「医薬部外品」が中心となるため、新たな顧客層の獲得が期待される。第二の矢は「商品開発のスピードアップ」。新規販路のニーズに応えるためには、市場投入までのリードタイム短縮が不可欠だ。しかし、現状では開発担当者が日々のルーティン業務と兼務しており、計画が遅延しがちという課題を抱える。この状況を打破すべく、来期からは専門部署として「開発課」を新設することが決定している。専任組織を置くことで、開発プロセスを加速させ、市場機会の損失を防ぐ狙いだ。PB事業の深化、OEM事業の確立、および新規販路開拓。この「三本の矢」が一体となって機能した時、同社の成長は新たな次元へと加速するだろう。

まとめ:叩き上げリーダーが描く、老舗企業の第二創業
協和薬品工業の挑戦は、単なる売上拡大に留まらない。それは、製造現場からキャリアをスタートさせ、常に会社と後輩の未来を想い行動してきた叩き上げのリーダーによる、「第二創業」とも呼める壮大な改革である。年功序列という旧弊を打破し、過去の成功体験であった大手2社依存のビジネスモデルから脱却。そして今、OEM事業という新たな柱を打ち立てるべく、未来への投資を断行している。
その道のりは、組織内の抵抗や人材育成の課題など、決して平坦ではない。しかし、「緊急ではないが重要なこと」に注力し、社員一人ひとりと向き合いながら組織を動かそうとする小椋社長のリーダーシップは、確実に会社を良い方向へと導いている。歴史ある老舗企業が、その伝統を守りつつ、いかにして変化の激しい時代に適応し、成長を遂げていくのか。協和薬品工業のこれからの歩みは、同じような課題を抱える多くの中堅企業にとって、大きな勇気と示唆を与えるに違いない。

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