100億企業化

【100億宣言】平安伸銅工業、三代目の「暮らすがえ」革命。突っ張り棒の次なる70年への挑戦

2026.04.28

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代表取締役社長 竹内香予子
 
平安伸銅工業株式会社。多くの人にとってその名は「突っ張り棒」の代名詞かもしれない。70年以上の歴史の中で、オイルショックによる祖業からの撤退、デフレ経済下での長い停滞など、幾多の困難を乗り越えてきた。三代目社長・竹内香予子氏のもと、「LABRICO(ラブリコ)」や「DRAW A LINE(ドローアライン)」といったヒット商品で再び成長軌道に乗せたが、今、30億円という新たな壁に直面している。
 
同社が挑むのは、単なる収納用品メーカーからの脱皮であり、人々の暮らしそのものを変革する「暮らすがえ」という壮大な挑戦である。これは、過去の成功体験を乗り越え、次の時代を創造するための静かな、しかし力強い革命の物語である。
 

企業情報
会社名
平安伸銅工業株式会社
創業 / 設立
昭和27年 / 昭和52年
従業員数
80 名(25年5月期)
事業内容
家庭日用品の企画、開発、委託製造、販売
100億宣言
https://growth-100-oku.smrj.go.jp/companies/pdf/00540-00.pdf
会社HP
https://www.heianshindo.co.jp/

 

祖業からの撤退と「突っ張り棒」での再起

1952年、大阪で伸銅業として創業した平安伸銅工業は、創業者の先見性により、まだ家庭に普及していなかったアルミサッシ事業へと進出する。金属の押し出し成形技術を活かし、ニューサッシメーカーとして黎明期の市場を牽引する存在となった。しかし、1970年代のオイルショックが同社を直撃する。資材費の高騰と住宅着工件数の冷え込み、そして大規模な工場投資が重なり、経営は危機的状況に陥った。結果、祖業ともいえるアルミサッシ事業からの撤退を余儀なくされる。

創業当時の工場風景

絶望的な状況下で、創業者は次なる時代を見据えていた。「これからは最終製品の時代。大量供給ではなく、家の中を整えることに商機がある」。その慧眼が見出したのが、海外で普及していた「突っ張り棒」であった。これを日本の住宅事情に合わせて改良し、世に送り出した。奇しくも、1970年代後半からロードサイド型のGMSやホームセンターが全国的に拡大する流れと合致。同社の突っ張り棒は爆発的に普及し、一度は倒産の淵に立たされた会社を劇的に再生させた。売上はゼロに近い状態からV字回復を遂げ、1995年には約48億円にまで達した。

初期突っ張り棒の製品説明

デフレの波と「守りの経営」

栄光は長くは続かなかった。バブル崩壊後のデフレ経済と、それに伴う激しい価格競争が同社を襲う。ホームセンターという主戦場では、シェアを維持するために販売単価の下落を受け入れざるを得ず、売上は徐々に縮小していく。1996年に二代目社長(現社長の父)が就任したとき、会社は成長戦略よりも「守り」を固めるべき局面にあった。
 
二代目社長が断行したのは、徹底したコスト管理だった。国内生産から海外生産へと切り替え、ファブレス化を推進。サプライヤーも日系企業から現地企業へと変更し、直接取引にすることで中間コストを削減した。すべては、激化する価格競争の中で生き残るためであった。この「守りの経営」は、赤字転落を防ぎ、会社を存続させる上で極めて重要な判断だった。しかしその一方で、攻めの一手を打つための投資余力は失われ、組織は徐々にコンパクトになっていった。社長自らが采配できる範囲で確実に収益を上げる体制へと移行した結果、2010年頃には売上は約15億円、従業員は20名程度にまで縮小していた。

過去の展示会ブース風景

予期せぬ事業承継と「マイナスをゼロに」戻す改革

2010年、現社長の竹内香予子氏が入社する。新聞記者としてキャリアを積んできた彼女は、当初、家業を継ぐことを全く想定していなかった。しかし入社から1年も経たないうちに、父である二代目社長が体調を崩し、事態は急変する。ファミリービジネスにおいて経営者が不在となることは、会社の存続に直結する。特に、財務や銀行対応など、社長一人に権限が集中していた同社において、その衝撃は計り知れなかった。
 
竹内氏は急遽、会社の根幹を担うことになる。経理や財務、労務管理など、これまで全く触れてこなかった領域を猛勉強し、実務を掌握していった。当時の会社は、良くも悪くも「ファミリービジネスらしい」トップダウンの組織。各業務は俗人化し、部門間の連携も乏しく、プロジェクト管理のフローさえ確立されていなかった。竹内氏がまず着手したのは、こうしたブラックボックスを一つひとつ解き明かし、「普通の会社」として機能するための土台を再構築することだった。組織図や権限表を作成し、全社員からアイデアを募る商品企画会議を始めるなど、地道な改善を粘り強く続けた。それは、未来への投資という華やかなものではなく、「マイナスをゼロに戻す」ための、静かで孤独な闘いであった。

新ブランドの成功と「30億円の壁」

2015年に社長に就任した竹内氏は、夫でありビジネスパートナーである常務と共に、守りから攻めへの転換を加速させる。地道な業務改善によって捻出した資金を元手に、新商品開発へと舵を切ったのだ。2016年に生まれたのが、木材と組み合わせてDIYの可能性を広げる「LABRICO(ラブリコ)」。翌2017年には、一本の線から暮らしを豊かに描くというコンセプトの「DRAW A LINE(ドローアライン)」を発売。これら新ブランドは、従来の突っ張り棒が持つ「機能性」という価値に加え、デザイン性や情緒的価値を付加することで、新たな顧客層の獲得に成功した。

DRAW A LINEによるインテリア演出

これらの新事業は着実に成長し、さらにコロナ禍の巣ごもり需要が追い風となって、2021年には売上高が38億円に達した。しかし、その成長は新たな課題を浮き彫りにする。需要の急拡大に対応するため、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、EC運用担当者など、これまで社内にいなかった専門人材を積極的に採用。組織は20名から80名規模へと急拡大した。だが、売上は再び30億円台で停滞してしまう。急成長の勢いのまま、既存事業の深耕、周辺事業の拡張、海外展開といった複数のテーマに同時に手を出した結果、リソースが分散し、一つひとつの施策をやりきることができなくなっていたのだ。

幹部育成の難しさと経営者自身の「OSアップデート」

30億円の壁に直面する中で、竹内氏は過去の歴史が繰り返されていることに気づく。かつて拡大した事業を、守りの経営へと転換せざるを得なかったように、自身もまた、成長の踊り場で足踏みしている。その根源には、経営者一人の才覚に依存し、次のリーダーを育てきれないという組織構造の課題があった。
 
「30億円まではトップダウンで成長できても、その先は権限移譲を進め、現場のリーダーを育てなければならない」。頭では理解していても、プロジェクトがうまくいかないと、つい口を出してしまう。それは、自身が采配できる範囲に組織を留めようとする、父と同じ過ちの繰り返しだった。このDNAに刻まれた限界を突破するには、経営者自身の「OSアップデート」が必要だった。複雑に絡み合った問題を立体的に解き明かすことができる優秀な幹部を信頼し、任せ切ること. そして自身は、実務から一歩引き、社内外にビジョンを語り、仲間を巻き込む役割に徹すること. この覚悟が、平安伸銅工業を次のステージへ進めるための鍵であった。

夫婦二人三脚で築く「ビジョン」と「戦略」の役割分担

平安伸銅工業の経営は、竹内社長と常務である夫との絶妙な役割分担によって成り立っている。竹内社長の役割は、会社の進むべき未来を描き、そのビジョンを社内外に発信することで人々を惹きつける「インスパイア役」である。一方、常務は、その抽象的なビジョンを具体的な事業戦略に落とし込み、現場の課題解決をリードする「戦略家」としての役割を担う。
 
かつては二人で経理や物流といった実務まで分担していたが、組織の成長とともに、各部門に責任者を配置。権限移譲を進めることで、経営者はより本質的な役割に集中できる体制を構築してきた. 竹内社長は、ビジネス書を読むよりも、ユーザーコミュニティに参加したり、地方での二拠点生活を始めたりと、生活者のリアルな悩みに触れる時間を重視する. そこで得た「感性」や「喜び」を社内に持ち帰り、新たな価値創造の源泉とする. ロジックやフレームワークは優秀な仲間に任せ、自身は「何が人を幸せにするのか」という根源的な問いを探求し続ける. この両輪が、同社のユニークな強みを生み出している。

LABRICOの製品パーツ

「選択と集中」と両利きの経営

現在の同社は、30億円の壁を突破するため、「選択と集中」を徹底している。組織を「既存事業」と「新規事業」に明確に分け、それぞれに異なる評価基準(KPI)と物差しを適用する「両利きの経営」を実践している。
 
既存事業では、ホームセンター向けの突っ張り棒やPB商品の開発・供給体制をさらに磨き上げ、収益基盤を盤石にすることを目指す。ここでは「効率性」と「収益性」が絶対的な指標となる。一方、新規事業では、「暮らすがえ(ライフステージや家族の成長、季節や気持ちの変化に合わせて、暮らしに自ら手を加え、ありたい「私らしい暮らし」を実現していくこと)」という壮大なビジョンのもと、短期的な収益にとらわれない挑戦を続ける。それは、単なる収納用品ではなく、ユーザーが自らの手で住空間を自由に編集できる「内装材」に近いプロダクトやサービスの開発である。住宅が余る時代において、既存の空間をいかに有効活用し、豊かに暮らすか。この社会的テーマに対する一つの答えを、事業を通じて提示しようとしている。

竹内香予子社長

まとめ:「暮らしをつくる」会社への進化

創業から70年余り、平安伸銅工業は時代の変化の波に揉まれながら、その姿を変え続けてきた。アルミサッシメーカーから突っ張り棒メーカーへ。そして今、同社は「暮らしを豊かにする住まいをつくる」会社から、「暮らしを豊かにする“暮らし”そのものをつくる」会社へと、三度目の脱皮を図ろうとしている。
 
優秀な人材が集い、権限移譲が進む組織。ビジョンを語る社長と、それを戦略に落とし込む常務。そして、既存事業の深化と新規事業の探索を同時に進める両利きの経営。30億円の壁を乗り越えるためのピースは揃いつつある。創業者が住宅の工業化を、二代目が家の中の整理を支えたように、三代目は、一人ひとりが自分らしい暮らしを創造する未来を支える。平安伸銅工業の挑戦は、単なる一企業の成長物語ではなく、これからの日本の暮らしのあり方を問い直す、壮大な実験なのである。

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