100億企業化

【100億宣言】日本モウルド工業―見えざる巨人「パルプモウルド」で、世界の環境問題に挑む

2026.03.06

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卵や果物のトレー、家電製品の緩衝材。日常の陰で製品を静かに支える「パルプモウルド」は、古紙を原料とする環境調和型の素材だ。この分野で国内シェアの大部分を握り、見えざる巨人として君臨するのが日本モウルド工業株式会社である。
 
同社は、単なる包装資材メーカーの枠を超え、原料回収から製造、物流、そして次世代技術開発までを一気通貫で手掛ける「環境ソリューション企業」へと姿を変えようとしている。70年以上の歴史で培った技術と、サステナビリティへの強い信念を武器に、100億円企業への道を駆け上がる同社の挑戦の軌跡を追う。
 

企業情報
会社名
日本モウルド工業株式会社
設立
1956年5月
従業員数
230名
事業内容
鶏卵輸送容器、青果物パック、鉱業部品緩衝材などの製造
100億宣言
https://growth-100-oku.smrj.go.jp/companies/pdf/00775-00.pdf

 


 

社会を支える「見えざる」緩衝材、パルプモウルド

「パルプモウルド」と聞いて、即座にその形を思い浮かべられる人は少ないかもしれない。しかし、私たちの生活は、知らず知らずのうちにこの素材に支えられている。最も身近な例は、スーパーマーケットに並ぶ卵のパックだろう。そして、スマートフォンやPCといった精密機器の箱を開けたとき、本体を固定している白い緩衝材、あれこそがパルプモウルドだ。iPhoneやGalaxy、Surfaceといった世界の主要なデバイスは、そのほとんどがこの素材によって守られている。
 
古紙や段ボールを水で溶かし、金型で抄き上げて立体的に成形するこの技術は、日本モウルド工業の独壇場だ。国内市場においては、競合は実質1社のみ。両社で95%以上のシェアを占める状態にあり、その中でも同社は半分ほどの生産を担うトップランナーである。多くの人がその存在を意識することはないが、同社の製品は日本の産業と生活の基盤に深く、そして静かに組み込まれているのだ。

戦後の復興と共に | 卵パックから始まった事業

日本モウルド工業の創業は1956年。しかし、その源流はさらに戦前にまで遡る。四国に存在した「日本モウルド産業」という前身企業が、戦時中には薬品瓶を運ぶための軍需品としてパルプモウルドを製造していた。戦後、この会社が事実上の倒産状態に陥った際、現社長の祖父である石原氏が事業を引き継いだのが、現在の日本モウルド工業の直接の始まりとなる。
 

 

事業の本格的な飛躍は、朝鮮戦争を契機に訪れた。在日米軍への納入品として、卵を安全に輸送するための容器が求められたのだ。当時、卵の輸送には籾殻が使われるのが一般的だったが、より衛生的で衝撃吸収性に優れた西洋式の卵容器「フラットフィラー」を同社が日本で初めて本格的に製造・販売。これが大きな成功を収める。やがて、その利便性は業務用の世界で広く認知され、飲食店や食品加工メーカーにとって、なくてはならない資材となった。今なお、トラックで大量に運ばれる業務用の卵輸送において、このフラットフィラーは現役で活躍し続けている。

果物という新たな市場の開拓

卵事業で確固たる地位を築いた同社は、その成功体験を武器に、次なる市場へと目を向けた。それが、果物だ。当時の愛知県は、メロンの一大産地。卵で培った「包んで守る」技術を応用し、メロン用のトレーを開発したのである。さらに、顧客の要望に応えてトレーの色を白くするなど、細やかな改良を加えたことで、この試みは市場に受け入れられた。
 

 

「卵でできたのだから、果物でもできるはずだ」。この単純明快にして力強い発想が、事業の多角化を推し進める原動力となった。メロンでの成功を皮切りに、リンゴ、梨と、同社は次々と新たな果物用トレーを開発。1960年代から80年代にかけて、同社の製品ラインナップは一気に拡大し、「青果物の日本モウルド」としての地位を確立していった。この水平展開の成功が、同社の成長を一段と加速させることになった。

環境意識の高まりと工業品分野への進出

1990年代、バブル経済が崩壊し、日本社会に新たな価値観が芽生え始める。それが「環境」だ。この時代の変化を適確に捉え、同社は次なる大きな一歩を踏み出す。工業製品の緩衝材分野への本格参入である。
 
それまで、家電製品などの緩衝材といえば発泡スチロールが主流だった。しかし、環境負荷の観点から、多くのメーカーが代替素材を模索し始めていた。この動きにいち早く反応したのが、大手2社が日本で初めて、本格的にパルプモウルドを緩衝材として採用した。かつてはどこの家庭にもあった発泡スチロールのゴミが、いつしか姿を消していった背景には、こうした素材の転換があったのだ。
 
この流れに乗り、同社は工業品分野でも急速にシェアを拡大。現在では、電子機器から自動車部品まで、多岐にわたる産業で同社のパルプモウルドが使われている。卵、果物、そして工業品へ。時代のニーズを的確に読み取り、自社のコア技術を応用して事業領域を広げてきた歴史こそが、同社の強さの源泉となっている。

現社長が断行した2つの改革

2023年に社長に就任した石原氏は、自らを「アウトサイダー」と称する。大学卒業後、野村證券を経て家業に入り、MBAやデータサイエンティストの資格を取得するなど、異色の経歴を持つ。その外部の視点と「まず自分でやってみる」という実践主義が、同社に新たな変革をもたらした。社長就任以前の役員時代から、彼は2つの大きな改革に着手していた。
 
一つは「物流改革」だ。当時、同社の輸送は「水屋」と呼ばれる運送仲介業者に依存しており、コスト構造や効率の面で大きな課題を抱えていた。石原氏はこの構造を抜本的に見直し、全国約50カ所に自社の物流拠点を整備。各地の運送会社と直接提携し、帰り便の空きスペースを活用する「ウィンウィン」の輸送ネットワークを構築した。これにより、コストを抑えつつ、365日止まらない安定的な供給体制を確立。これは、顧客への価値提供を最大化するという、彼の経営哲学の現れでもあった。
 
もう一つは「海外展開」である。ドメスティックな企業であった同社に、グローバルな視点を取り入れた。世界トップクラスの欧州メーカーと技術提携を結び、社員を派遣して最新技術を学ばせた。さらに、タイにゼロから自社工場を建設。
 

 

立地選定から人員採用、法務・労務まで、すべてを自ら主導した。この経験は、理論と実践の融合を重んじる彼にとって、何物にも代えがたい財産となった。遊びに行っていると揶揄されながらも続けた挑戦が、同社にグローバルな競争力をもたらす礎となったのだ。

地域を巻き込むサーキュラーエコノミー

「我々は、常に社会の進運に貢献する事を期す」。これは、3代目社長が掲げ、グループ企業である中央精機でも共有されている社是「総親和」の一節だ。この理念は、単なるお題目ではない。日本モウルド工業の事業モデルそのものを貫く、強力な背骨となっている。
 
その象徴が、古紙回収から製造、販売までを一気通貫で行うビジネスモデルだ。グループ会社のニチモウ商事株式会社は古紙回収を担い、製造の安定化に貢献。さらに、愛知県安城市と連携し、家庭ごみの戸別回収にも取り組む。従来、燃えるゴミとして捨てられがちだった雑紙を資源として回収することで、市はゴミを減らし、同社は安定的に原料を確保できる。
 

 
この活動は、海洋プラスチックごみ問題をはじめとする社会課題の解決にも直結する。製品パッケージは家庭ごみの6割以上を占めるとも言われ、その多くはプラスチックだ。生分解に数百年かかるプラスチックに対し、紙は半年ほどで土に還る。同社の取り組みは、まさに「ごみ」を「資源」に変え、社会全体で循環型経済を実現しようとする壮大な挑戦なのである。

次なる成長の柱 | 医療、冷凍食品、そして海外へ

盤石な事業基盤を持つ日本モウルド工業だが、その目はすでに次なる成長市場を捉えている。有望な領域の一つが「医療・介護分野」だ。院内感染への意識の高まりや介護現場の人手不足を背景に、使い捨ての紙製便器(ベッドパン)の需要が急増している。一度この利便性を知った看護師や介護士が、洗浄・消毒が必要な従来の瓶製品に戻ることは考えにくい。国内4000の病院、2万を超える介護施設という巨大な市場が、同社の新たなフロンティアとなっている。
 
「冷凍食品・宅配市場」も爆発的な成長が期待される分野だ。コロナ禍を経て、味の素、noshといった企業が提供する冷凍宅配食サービスは、今や一大市場を形成している。これらのサービスで使われる食品トレーが、プラスチックから紙へと置き換わり始めているのだ。現在、同社には生産能力の10倍に達するほどの引き合いが殺到しており、まさに嬉しい悲鳴を上げている状態だ。
 
そして、原点である「卵」も、新たな成長ドライバーとなりつつある。高品質で安価な日本の卵は、台湾や香港などアジア市場で人気が高まっており、輸出が急増。湿気を吸い、菌の繁殖を抑える紙製パックは、長期輸送において品質を保つ上でプラスチック製よりも優位性がある。さらに、国内で拡大するEコマース(ネットスーパー)においても、輸送時の衝撃から卵を守る紙製パックの価値が再認識されている。既存事業の深耕と、新市場の開拓。両輪を力強く回すことで、同社は未来の成長を確実なものにしている。

ゲームチェンジャーの到来 | 「水を使わない」未来の成形技術

「もし、乾燥工程がなくなれば、コストもCO2も劇的に削減できる」。パルプモウルド製造における最大のボトルネックは、成形後の「乾燥」にある。製品に含まれる水分を蒸発させるために大量のエネルギーを消費し、生産スピードもこの工程に律速される。この長年の課題を根本から覆す可能性を秘めた革新技術が、スウェーデンのベンチャー企業によって開発された「乾式成形(ドライモールディング)」だ。
 
この技術は、従来のように水で古紙を溶かすのではなく、綿状にした紙の繊維(パウダー)を金型に吹き付け、熱と圧力で成形する。水を使わないため乾燥工程が不要となり、エネルギー消費量は従来比で7分の1に、生産スピードはプラスチック成形に匹敵するレベルまで向上する可能性があるという。これが実現すれば、これまでコスト面でプラスチックに劣後していた紙製容器が、同等の価格で提供できるようになる。「環境に良いから」という情緒的な価値だけでなく、「安くて高品質だから」という経済合理性で選ばれる時代の到来を意味する。
 
日本モウルド工業は、この革新的技術の将来性に着目し、いち早く開発元と提携。アジアで初めて量産試作機を導入し、実用化に向けたテストを進めている。この技術が世に出たとき、それは単なる新製品の登場ではなく、包装業界の勢力図を塗り替える「ゲームチェンジャー」となるだろう。

 

 

100億の先へ、200億企業への鍵は「人」あり

「100億企業」の実現は、もはや射程圏内にある。グループ全体では90億円を超える売上規模に達しており、単体でも2年以内の達成を視野に入れる。しかし、石原社長が見据えるのは、そのさらに先だ。次の10年で売上200億円を目指すという、新たなビジョンを掲げている。
 
この壮大な目標を達成するための鍵は何か。石原社長は「人」であると断言する。特に、会社の未来を担う「ミドルレイヤー」の育成が最重要課題だと考えている。営業と他業務を兼務させたり、あえて専門外のプロジェクトを任せたりと、意図的に多様な経験を積ませることで、次世代の経営人材を育てようとしている。
 
「理論だけの人間は、30年もすればメッキが剥がれる」。リフトを運転し、自らトラックで配送もこなしてきた経験を持つ社長の言葉には、現場を知ることの重要性が滲む。現場での経験に裏打ちされた「実践知」と、MBAなどで培った「理論知」。この両方をバランスよく備えた人材こそが、会社を次のステージへと押し上げる原動力となる。設備は金で買えるが、人は買えない。200億円企業への道は、未来への投資、すなわち「人づくり」から始まっている。

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佐藤 大輝

執筆者名:佐藤 大輝

新卒で株式会社船井総合研究所に入社。医療機関向けのコンサルティングに従事し、入社3年目にして歯科コンサルタント部門MVP受賞。マーケティング全般を得意とし、集客のみならず採用、組織づくりなどのマネジメント分野においても、マーケティング視点を活かした戦略立案から実行サポートを行う。業界内の中小〜中堅規模のクライアントに対し、集客支援にとどまらず、組織変革を伴う事業推進を主導してきた。

コンサルティングを通じ、単に規模を拡大するだけでなく、人・社会の幸福を追求できる「強い企業」創りを目指す。事業の急成長に伴う組織の歪みや課題を、マーケティングとマネジメントの両輪で解決し、次なるステージへと飛躍する企業の確固たる礎を築いていく。

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