100億企業化

【100億宣言】株式会社佐藤船舶工業「現場完遂力」を武器に、メンテナンス事業から製造業への挑戦

2026.03.26

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横須賀を拠点に、プラントの安定稼働という社会インフラの心臓部を支える株式会社佐藤船舶工業。同社は、単なる建設・保守にとどまらない独自のビジネスモデルと、いかなる状況でも「やり切る」という強固な現場完遂力を武器に、安定した成長を続けてきた。創業から半世紀以上、造船業の下請けから始まった事業は、時代の変化を捉えて大胆に舵を切り、今や売上100億円という次なる大海原を目指す。その航海の先に見据えるのは、自社工場を核とした「メーカー」への進化だ。これは、単なる事業拡大ではない。日本のものづくりを現場で支えてきた企業が、自ら価値を創造する存在へと変貌を遂げる挑戦の物語である。

企業情報
会社名
株式会社佐藤船舶工業
設立
1968年8月28日
従業員数
136名
事業内容
機械器具設置工事業、船舶造修業、管工事業大型製缶品製作、鋼構造物工事業
100億宣言
https://growth-100-oku.smrj.go.jp/companies/pdf/01828-00.pdf

 

祖業からの大胆な転換—造船下請けからプラント業界の信頼されるパートナーへ

同社のルーツは、かつて日本の基幹産業であった造船業にある。創業当時は、大手漁業会社の捕鯨船や底引き網船を建造する造船所の下請けとして、活況を呈する業界の一翼を担っていた。しかし、200海里問題などに代表される国際的な漁業規制の強化は、国内の造船需要に大きな影響を及ぼす。同社が主要な取引先としていた造船所も閉鎖を余儀なくされ、事業の根幹が揺らぐ事態に直面した。
 
この大きな環境変化に対し、同社は過去の成功体験に固執することなく、建設業、そしてプラントのメンテナンス事業へと、事業の軸足を移すという大胆な意思決定を下す。現社長が家業に戻ったのは、奇しくもバブル経済が崩壊し、日本全体が新たな方向性を模索していた時期と重なる。大手ゼネコンでの勤務経験と、そこで取得した施工管理技士の資格を活かし、公共事業の入札に参加することから新たな一歩を踏み出した。この転換期があったからこそ、同社は新たな市場で生き残るための強靭な体質を築き上げ、電力会社をはじめとする大手企業のプラントという、現代社会に不可欠なインフラを支えるパートナーへと成長を遂げることができたのである。

「据付は入口、保守こそ本丸」—利益率10%を確保する独自のストック型ビジネスモデル

同社の事業ポートフォリオを見ると、その巧みな戦略性が浮かび上がる。売上の約6割を占めるのは、発電所や各種プラント、立体駐車場などの保守メンテナンス事業だ。一見、機器の据付工事が主体に見えるが、その本質は異なる。「メンテナンスをやりたいから、据付工事を行う」。社長はそう断言する。据付工事は、あくまで未来の安定収益を確保するための「入口」であり、その後の長期的な保守契約こそが事業の「本丸」なのだ。
 
このビジネスモデルの強みは、その収益性にある。据付工事は利益率が低いこともあるが、その後のメンテナンスは、法律で定められた定期的な部品交換や、予期せぬトラブルによる緊急対応など、需要が安定している。特に緊急性が高い案件では、価格競争に陥ることなく、適正な利益を確保しやすい。「我々の希望通りの見積もりが通りやすい」という言葉の裏には、顧客の事業を止めないという使命感と、それに応える体制への自信がうかがえる。売上が増えれば利益率10%を安定的に確保できるという収益構造は、このストック型のビジネスモデルによって支えられている。ドカンと一発の売上に頼るのではなく、着実に積み重なっていく信頼と実績が、同社の経営基盤を盤石なものにしている。

技術力より「やり切る責任感」—大手顧客が絶大な信頼を寄せる現場管理能力

「正直、ものすごい技術力があるわけではない」。社長は謙遜する。同社が手掛けるのは、発電機のタービンやボイラーといった超高度な技術を要する領域ではない。コンベアの据付や鉄骨の組立など、比較的難易度が限定された分野だ。では、なぜ大手電力会社やプラントメーカーといった要求水準の高い顧客から、長年にわたり選ばれ続けるのか。その答えは、技術力という言葉だけでは測れない、「現場完遂力」にある。
 
「人を集め、きちんとまとめる責任感」。これこそが、同社が最も重要視し、顧客から評価される核心的な価値だ。プラントの定期メンテナンスでは、60日間で100人規模の技術者を集めなければならないといった大規模な人員動員が求められることがある。同社は、このような要求に対し、「やります」と一度引き受けたからには、どんな困難があっても必ずやり遂げる。この「やり切る力」が、発注者側に絶対的な安心感を与えるのだ。技術的に高度な作業は専門メーカーが担う。しかし、プロジェクト全体を円滑に進め、計画通りに完遂させるための人材管理、工程管理といったマネジメント能力こそが、インフラの安定稼働には不可欠だ。その重要な役割を、同社は責任を持って担う。この信頼の積み重ねが、次の仕事へと繋がり、長期的なパートナーシップを築く礎となっている。

人材獲得の独自戦略—国籍を越え、即戦力となる「技術者集団」を形成する

安定した事業運営に不可欠な人材の確保においても、同社は独自の戦略を展開している。従業員約130名のうち、2割近くを占めるのが海外からの技能実習生だ。20年以上にわたる受け入れの歴史の中で、同社は特にフィリピンからの人材に特化してきた。これには明確な戦略的理由がある。
 
一つは、安全保障上の観点だ。同社は米軍関連の業務も手掛けるため、同盟国であるフィリピンの人材は、業務への親和性が高い。また、フィリピンは国際条約に加盟しており、現地で取得した免許を国際免許に切り替えて日本国内で運転できるため、機動力の面でも大きなメリットがある。さらに、同社は採用の段階から工夫を凝らす。フィリピン国内にある世界有数の造船所で働く技術者をターゲットに、現地で直接募集・面接を行う。これにより、来日したその日から現場で活躍できる即戦力人材の獲得を可能にしているのだ。多様なバックグラウンドを持つ人材が、日本人技術者と肩を並べて現場を支える。この国籍を越えた「技術者集団」の形成こそが、同社の現場力を一層強固なものにしている。

現場主導のDX推進—若手社員の提案で実現したバックオフィスの徹底的な効率化

「昭和生まれの私には、デジタルのことは分からない」。社長は笑いながらそう語る。しかし、同社のバックオフィス業務は、クラウド会計システムの導入など、徹底したデジタル化によって効率化されている。この変革を主導したのは、社長ではなく、高卒で入社した経理や労務担当の若手社員たちだった。
 
彼女たちの提案により、日々の経費精算から試算表の作成までがリアルタイムで可視化され、経営判断の迅速化に大きく貢献している。かつて手書きで行っていた煩雑な作業は、今やクラウドサービスが担う。これにより、管理部門は少人数でありながら、極めて生産性の高い体制を構築している。社長が自らの不得手を認め、現場からの提案を積極的に受け入れる。このトップの姿勢が、社員の主体性を引き出し、ボトムアップでの業務改善を促す企業文化を育んだ。デジタルツールを使いこなす若手社員と、その力を信じて任せる経営陣。この世代を越えた信頼関係が、同社の見えない競争力となっている。

100億への道筋—既存モデルの水平展開と「拠点拡大」という次なる一手

2038年、売上100億円。この目標は、単なる夢物語ではない。同社には、その目標を達成するための明確な道筋が見えている。その鍵を握るのが、「拠点の拡大」による既存ビジネスモデルの水平展開だ。現在、同社の事業エリアは神奈川県横浜地区までが中心だが、この成功モデルを他の地域に展開すれば、売上は飛躍的に伸びる。社長は「今の倍までは、今のやり方でも行ける」と語る。
 
その先、100億円の頂きを目指す上で、新たな拠点の候補地として挙がるのが、防衛関連施設が集積する佐世保や呉、そして石炭火力発電所が稼働する地域だ。同社は、米軍関連施設での業務ノウハウを豊富に蓄積しており、佐世保のような米軍と自衛隊の施設が隣接する地域は、まさにその強みを最大限に発揮できる市場といえる。また、得意とする石炭火力発電所のメンテナンスについても、福島や茨城など、既存のノウハウを活かせる場所は国内にまだ存在する。もちろん、SDGsの流れの中で石炭火力の新設が難しい現状はある。しかし、既存設備の安定稼働を支えるメンテナンス需要がなくなることはない。「人材が足りない」という声が聞こえれば、そこに同社の活躍の場がある。100億円宣言という公約は、眠っていたポテンシャルを呼び覚まし、全国展開という次なる航海へと踏み出すための羅針盤となった。

自由の象徴「自社工場」—レンタルから所有へ、経営の自由度が生んだ新たな野心

100億円への挑戦と並行して、同社は未来に向けたもう一つの大きな一歩を踏み出した。長年、大手電機メーカーから借りていた工場を、自社で取得したのだ。これは単なる不動産の購入ではない。経営の「自由」を手に入れたことの象徴である。
 
これまでは、借り物の工場であるため、設備の増設やレイアウト変更、さらにはそこで行う業務内容に至るまで、様々な制約が存在した。しかし、自社工場となった今、その制約はすべて取り払われた。20トンのクレーンを増設して生産能力を倍増させることも、新たな製造ラインを構築することも、すべて自社の意思決定で可能になる。「何をするにしても、自分たちで決められる」。この自由度が、同社に新たな野心をもたらした。これまで蓄積してきた現場での知見や顧客との関係性を活かし、新たな価値を創造する「メーカー」への道。その壮大な構想は、この自社工場という新たな母港を得て、いよいよ現実味を帯びてきた。

「下請け」から「メーカー」へ—水素発生装置開発に見る、次世代への壮大な夢

「いつかはメーカーになりたい」。社長が描く未来像は、明確だ。自社工場というキャンバスに、水素発生装置やアンモニア関連装置といった、脱炭素社会の実現に貢献する製品開発の夢を描く。年間100台の製品を1台1億円で販売すれば、それだけで売上100億円に到達する。これは、単なる皮算用ではない。
 
大手電力会社では、石炭にアンモニアを混ぜて燃焼させることでCO2排出量を削減する取り組みが始まっている。現場の最前線にいる同社は、このような顧客のニーズを肌で感じている。もし、基礎設計ができる優れた技術者や、社内ベンチャーのような気概を持つ大手企業の開発部門と手を組むことができれば、そのニーズに応える製品を自社工場で生み出せるかもしれない。大手重工業メーカーが大規模な水素サプライチェーンを構築する一方で、もっと現場に近い場所で、小規模でも効率的に水素を製造できる装置があれば、社会的な価値は計り知れない。自社にはまだ基礎設計の能力はない。しかし、「やりたい」という強い意志と、それを実現するための「場所」および「現場力」はすでにある。パートナーを探し、研究開発に乗り出す準備は整った。佐藤船舶工業の挑戦は、メンテナンス事業の深化から、新たな価値を創造する製造業へと、そのステージを移そうとしている。

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佐藤 大輝

執筆者名:佐藤 大輝

新卒で株式会社船井総合研究所に入社。医療機関向けのコンサルティングに従事し、入社3年目にして歯科コンサルタント部門MVP受賞。マーケティング全般を得意とし、集客のみならず採用、組織づくりなどのマネジメント分野においても、マーケティング視点を活かした戦略立案から実行サポートを行う。業界内の中小〜中堅規模のクライアントに対し、集客支援にとどまらず、組織変革を伴う事業推進を主導してきた。

コンサルティングを通じ、単に規模を拡大するだけでなく、人・社会の幸福を追求できる「強い企業」創りを目指す。事業の急成長に伴う組織の歪みや課題を、マーケティングとマネジメントの両輪で解決し、次なるステージへと飛躍する企業の確固たる礎を築いていく。

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