埼玉から売上135億円へ!アズ企画設計の「重心変革」とファイナンス革新
100億企業への道 成長を加速させるヒント
売上10億円の壁に長年苦しんでいた不動産会社が、いかにして売上135億円の上場企業へと急成長したのか?本レポートでは、株式会社アズ企画設計の軌跡を徹底解剖します。同社が停滞を打破した鍵は、戦う市場を埼玉から東京の都心へと移す「重心変革」にありました。この決断がもたらした「ファイナンス革新」と、それを支える「ハイブリッド組織」の構築など、100億円企業へと飛躍するための実践的な戦略を詳しく解説しています。自社の壁を越えたいと願う経営者様必読の一冊です。
インタビュー&レポート
BusinessSummary
自宅の1室、図面貼りからの起業と、10億円の壁での苦悶とその脱却
33歳での「消去法」の社長就任(1993年)
松本氏は大学卒業後、不動産会社に勤務していましたが、不況の煽りを受けて経営危機に陥ってしまい、退職を余儀なくされました。
「積極的なチャレンジ精神をたぎらせて独立したわけではないんです。どこかに転職するのも、年齢を考えると、当時は非常に難しい選択肢だと思われました。まさに生きていくための消去法として、起業を選んだのが真相です」
松本氏が語る通り、同社の設立登記は1989年(平成元年)ですが、実質的なアズ企画設計の不動産事業が産声を上げたのは、1993年に松本氏が代表取締役に就任した瞬間でした。
スタートは、埼玉・川口にある自宅の1室。看板もなく、資金も人脈もない中での不動産売買仲介業でした。当然、創業期はまともに食べていくことすら困難な日々が続きます。
松本氏はやむを得ず、地域住民にアピールするため、小さな店舗を借りました。その壁に、コピー機で刷り出した手作りの物件情報をセロハンテープで貼り付け、いつ訪れるかもわからない顧客をただひたすらに待ち続ける日々。それこそが、現在売上135億円を誇る東証スタンダード上場企業の、泥臭くも切実な原風景です。
受動から主体へ
不動産販売(自社買取再販)への進出と「10億円の停滞」(2004~2014年)
「客を待つだけの仲介ビジネスは、完全に他者依存。こちらの努力や計画とは無関係に、数字が大きくぶれてしまう。これでは安定した会社経営など望めない」
松本氏にとって、他者に主導権を握られる仲介ビジネスの受動性は、耐え難い経営リスクとして映っていました。
より主体的、かつ計画的に仕事を創り出し、数字をコントロールできる基盤をつくる。そのための決断が、2004年(平成16年)から本格化させた「不動産販売事業(自社買取再販ビジネス)」への参入でした。
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