「守り」への投資が「攻め」を加速させる。神奈川の地域インフラ企業へ
100億企業への道 成長を加速させるヒント
今回ご紹介するのは、神奈川県横浜市を拠点に、介護・保育・障がい福祉・医療、さらにはスポーツ事業まで展開する「エフィラグループ」です。
同社を率いるのは、代表の畠山大志郎氏。畠山氏は「神奈川県に住む方々の『 生ききる』に貢献する」という揺るぎない理念を掲げ、創業以来、県外に進出することはなく、地域深耕型の経営を貫いています。
畠山氏の経営スタイルを一言で表すなら、「地域の課題解決のためなら、泥臭い挑戦も厭わない」という姿勢です。本記事では、2011年、東日本大震災の混乱の中で産声を上げた小さなベンチャー企業が、いかにして10社以上の法人を抱えるグループへと成長し、売上100億を超えるステージへと駆け上がったのか、その軌跡を紐解きます。
インタビュー&レポート
Company Profile
15年で226拠点
神奈川県を拠点に地域密着事業を展開するエフィラグループ。現在その拠点数はメインの横浜市をはじめ、県央、湘南、川崎など、226に及びます。(※2026年4月現在)
その手掛ける業種は広く、介護・保育・障がい福祉・医療、生活サポート、さらにはスポーツ事業まで及びます。サービスの対象者も未就学児から小中高生、成人、高齢者と幅広くなっています。2011年の創業以来成長を続け、13年で年商100億に到達しました。
Company History 創業期
混乱期の立ち上げと、急成長の代償
エフィラグループの創業は、東日本大震災直後の2011年でした。
社会全体が不安に包まれていた時期であり、銀行を含め周囲からは「 今開業するべきではない」と反対の声も多くありました。
しかし、当時名古屋で会社員として働いていた畠山氏は、
「いつだって何かが起きる。環境のせいにして立ち止まるのではなく、乗り越えていくしかない」
という強い信念を持っていました。
休日を利用して横浜に赴き、余震が続く中で銀行と面談を重ねた結果、無事に資金調達を成功させました。
創業の原点は、「ビジネスモデルありき」ではなく、「神奈川という地域の課題を解決したい」という想いです。
当時はオフィスもなく、採用面接は横浜駅の喫茶店で行われました。まだ「開業はこれから」という状況であったため、将来への不安から採用されても辞退する人も少なくありませんでしたが、想いに共感してくれたメンバーとともに、最初の事業であるデイサービス「いこい家」をオープンしました。
「いこい家」は順調に利用者を増やし、わずか2年で社員数は100名を超え、拠点数も11に達する急成長を遂げました。
しかし、この「創業期の急拡大」が最初の壁となります。
当時は物件探しから採用、経理に至るまで本部機能が代表の畠山氏1人に依存しており、組織のルールが未整備でした。その結果、現場が回らなくなったり、拠点ごとに運営方針がバラバラになったりと、組織としての課題が露呈します。
畠山氏が深夜までトラブル対応に追われる状態となり経営は行き詰まり、最終的に11拠点を8拠点に統廃合するという苦渋の決断を下すことになりました。これは、多くの成長企業が直面する「30人の壁」「100人の壁」の典型例でした。
Turning Point
ルールを定め、個人商店から企業へ
事業が思うように進まない状況でも、畠山代表は「地域の課題解決のためには挑戦し続けるしかない。他の地域で成功している事例があるなら、やり方次第でうまくいくはずだ」と諦めませんでした。
問題解決のために各拠点のスタッフと密なコミュニケーションを取り、現場の状況把握と人間関係の再構築に努めました。さらに、組織風土を変えるために新卒採用を開始します。若い人材を受け入れ、教育体制を整えるプロセスを通じて、組織を良い方向へ変化させるきっかけを作っていきました。
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